書評 黛まどか著『奇跡の四国遍路』
四国遍路・世界の巡礼研究センター
胡 光(愛媛大学法文学部教授)
俳人の黛まどか氏が2017年の春から夏にかけて、四国遍路を歩き通し、結願した。本書は62話からなるこの時の道中記であり、各話に瑞々しい俳句が添えられる。
四国遍路は、四国一円に広がる弘法大師空海ゆかりの八十八箇所霊場を巡る、全長1400キロメートルに及ぶ壮大な回遊型巡礼である。四国遍路の原型は、1200年以上前に空海が行ったような、四国の自然と同化しようとする山林修行であり、その後も「辺地修行」と呼ばれる時代が続き、今につながる「四国遍路」という巡礼になるのは江戸時代と考えられる。現在では、バス・マイカー遍路が多く、歩き遍路は少ない。
両親や自身の病気もあって遍路に出た筆者は、先祖だけでなく知人や震災の犠牲者の供養をしながら歩き続けた。「巡礼」というより「修行」に近い、幾多の困難を経て、不思議な出会いが重なり合い、「奇跡」と呼ぶのにふさわしい結末を迎える。出会った人々の人生に向き合い、自らを見つめ直す。旅中の真摯な姿勢が感動を生む。
親しみやすい語り口は、随筆や吟行集として読んでも楽しめるが、かつてスペイン・サンティアゴ巡礼も経験し、『星の旅人』(光文社)を上梓している筆者の思考は、巡礼論・文化論・人生論へと達する。出会った人々の発する言葉を書き留め、紡いだのは筆者であり、筆者の思考と考えても良い。巻末の西垣通氏との対談も参考になる。
俳句を詠むオーストラリア人キエランは「俳句は短いけど、自然や人や宇宙などあらゆるものと繋がっています」と言う。「ただの旅人」と答えたドイツ青年ユリウスは「みんな前に進むことばかり考えている」「ゴールよりプロセスが大事なのにね」と笑う。初老のフランス人ダニエルは「サンティアゴの道は聖に至るけど、四国の道は無限へと伸びる」と語った。
八十八番札所で結願した筆者は、そのまま一番札所へ向かい、「円」を完成させる。他の巡礼と異なる四国遍路の特徴と意義を理解しているのである。そこでは、円の中心には「真実」があり、それに触れる機会と能力は全ての人に備わっていると悟ったユリウスもいっしょだった。
本書は四国遍路の現代史料と捉えることもでき、世界遺産を目指す四国遍路の現状と課題が分かる。現在の歩き遍路には外国人の割合が高い。彼らは、サンティアゴ巡礼を経験していることが多く、四国とスペイン・ガリシア州との協力協定は有効であることを知る。失われた日本の自然や文化を四国に求める彼らは、歩き、野宿をする。安価で清潔な宿の情報と整備、道路の開発と伝統的歩き道の共存なども課題である。
日本人は、悩み苦しみ、様々な願いを抱いて歩いていた。石手寺に伝わる四国遍路発生譚には、弘法大師のもとで「死と再生」の物語が説かれる。現代でも、大師の道を辿ることで大師に救われ、再生しようとする。それを支えているのが「お接待」に代表される生きた四国の文化と自然である。恩返しをしようとする筆者に男性が言う。「次の人に送ってください。『恩送り』です」
夏めくや船をあわひに空と海 まどか
(『神奈川大学評論』90号、2018年7月31日発行より転載)
黛まどか著『奇跡の四国遍路』(中公新書ラクレ、2018年、886円)